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新潟地方裁判所高田支部 昭和29年(ワ)69号 判決

原告 伊藤達郎

被告 青山みす 外一名

主文

被告青山みすは原告に対し別紙〈省略〉記載の不動産に就き新潟地方法務局直江津出張所昭和二十八年四月二十一日受附第九参六号を以つて原告より受けた所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

被告株式会社日本相互銀行は高田市本町二丁目九拾八番地債務者青山真治に対する債権元本極度額五十万円担保のため別紙記載の不動産に就き同出張所昭和二十八年五月二十六日受附第壱壱七四号を以つて被告青山みすから受けた根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求めその請求原因として陳述した要旨は左の通りである。

一、原告は昭和十年一月十五日生れのもので別紙記載の家屋敷に父伊藤久文母美和とともに居住してきたものであるが昭和二十七年三月二十日この宅地家屋の所有者である祖母伊藤いはほからこれが贈与を受け同年八月二日その所有権取得の登記手続を了した。

二、原告の父久文は昭和二十七年六月から被告青山みすの夫なる高田市本町二丁目青山真治と共同して藤山商会と云う商号で海産物商をはじめた。それは真治夫妻が資金を出し久文がその資金で北海道に赴き鮮魚、塩乾物類を仕入れて真治夫妻のもとに送る真治夫妻がそれを売捌く損益は久文と真治夫妻が折半すると云う約束であつた。それで久文は同月八日真治夫妻から金五百万円を受取つたのを初めに資金の送付を受けるとともにその資金で仕入れた海産物を真治夫妻のもとに送付を続けたが同年十一月二日頃には受取つた資金の総額よりも送付し得た物品の総代価が約六十万円余不足する勘定となつた。尤も久文はその後自身で他より融資を受け海産物を真治夫妻に送つたので昭和二十八年一月には右の不足額が十一万円余になつていた筈なのである。

三、然るに真治夫妻は昭和二十七年十一月頃からこの事業を失敗と見通し久文単独の事業に資金を貸与したのであつて両者共同の事業でないと主張しはじめて久文に対し強硬に出資の未収残金七十万千百円余ありと称しその返済を迫るにいたつた。久文も事業の失敗には責任を感じていたので真治夫妻の要求に応じ当時原告が未成年で親権は久文と美和にあつたところから美和の同意を得た上で同月下旬頃右欠損中の久文の負担部分の弁償に代えて前記原告が祖母から贈与を受けていた別紙記載の不動産を原告に無断にて真治夫妻に譲渡することを約し法定代理人たる久文と美和の名義の白紙委任状や両名の印鑑証明書や印形を真治夫妻に渡して不動産の随意処分を委せた。すると真治夫妻は右書類等を使用して昭和二十七年十一月三十日附を以つて右不動産に就き売主を原告とし買主を被告みすとする売買契約書を作成し昭和二十八年四月二十一日新潟地方法務局直江津出張所受附第九参六号を以つてこの売買による所有権移転の登記手続を済せた。

四、被告銀行は真治に対し金五十万円を極度とする貸越契約をした際昭和二十八年五月二十三日その担保のため被告みすからその所有名義となつた右不動産に就き根抵当権の設定を受け同月二十六日右出張所受附第壱壱七四号を以つてその登記手続をした。

五、然し乍ら久文が共同にせよ単独にせよその事業の欠損のために契約に因つて真治夫妻に対し負担するに至つた自分の債務の弁済に代えて原告所有の財産を親権者として真治夫妻に対し譲渡したのであつてこの行為は未成年者と利益が相反するものでありその限りに於ては父久文に代理権限なく母美和も特別代理人と共同してしなかつたのだから代理権限がないのであるから右処分行為は原告のためには何等効力を生じないものである。従つて被告みすが被告銀行に対してなしたる根抵当権の設定も無効である。因つてこれ等登記の抹消登記手続を訴求する。被告等の抗弁を否認すると陳述した。〈立証省略〉

被告両名の各訴訟代理人はいづれも原告の請求を棄却するとの判決を求め答弁として陳述した要旨は以下の通りである。

原告が昭和十年一月十五日生れであつて昭和二十七年三月二十日その両親とともに居住していた別紙記載の家屋敷をその所有者たる祖母から贈与を受けて同年八月二日その登記手続をしていること。被告青山みすが右不動産に就き原告の当時の親権者伊藤久文と伊藤美和を法定代理人として昭和二十七年十一月三十日締結売買による所有権の移転登記を昭和二十八年四月二十一日附で受けたこと。被告銀行が青山真治に対し貸越契約をなす際昭和二十八年五月二十六日被告青山みすからこの不動産に就き根抵当権の設定登記を受けたことはこれを認めるがその他の主張事実はこれを争う。

久文はその経営に係る北海水産株式会社が倒産し失業するにいたつたので一家の生計を立てるため北海道方面にて鯑の買付事業をなすことを計画し昭和二十七年六月中同業の友人真治及びその妻たる被告みすに懇請して金六十万円まで逐次融資を受けて買付鯑を被告みす夫妻のものに送荷して売捌かせる契約をした。そしてこれにより久文の被告みす夫妻に対し負担する義務履行担保の目的でその頃被告みす夫妻は久文夫妻をして原告の親権者として原告本人にも承諾させたうえこの不動産を譲渡することを約させ所要書類の交付を受けておいた。然るところ被告みす夫妻の融資は同年十一月までに合計金九十九万円となつたが久文がその資金の一部を他に流用するなどのことをしたため送荷してきた鯑の代価は金二十六万一千円余に過ぎず差引金七十二万八千円余分は送荷もなさず返金もせずに被告みす夫妻に損害をかけた。そのため久文夫妻は原告本人にも承諾させた上で同年十一月中これが損害の賠償の方法としてこの不動産を原告の親権者として代金六十六万六百円で被告みすに売渡しその代金を弁償金に充てることを約して所有権を完全に被告みすに移転させ因つて昭和二十八年四月二十一日その登記を了した。被告みす夫妻は久文と共同で海産物売買の事業をしたこともあるがそれは昭和二十七年八月以降のことでありその収支勘定はこれとは別個のものである。それゆえ久文夫妻のこの不動産の譲渡担保及び売買なる処分の行為は原告をも含めた家族一同の共同の利益を目的とした事業の遂行のためであるから親権者と子との利益が相反するものでないしまた目的や縁由を離れて考えれば売買自体には利益相反の事実はないのだから売却代金が弁償に充てられたとしても売買そのものの有効を妨げるものではない。仮に利害相反する行為なりとするもそれは久文だけのことで母美和は親権者として法定代理権を行使できぬ理がないから少くともこの処分は母美和の法定代理行為として有効である。仮に美和にも法定代理の権限がないとするも既に登記官吏が所有権移転登記の申請を受理して登記せる以上被告みすの受けた登記そのものは無効と云い得ざるものである。従つてその登記に基き被告銀行が設定を受けた根抵当権の登記も有効である。また原告自身がこの不動産の処分に同意し乍ら今に及んで登記の抹消を求めるのは権利の濫用である。〈証拠省略〉

理由

原告の被告青山みすに対する請求から先きに判断する。別紙記載の不動産が昭和二十七年三月中伊藤いはほから原告に贈与せられ同年八月二日その登記がなされたこと、昭和二十七年十一月三十日その当時原告は未成年者であつて親権者父久文母美和が原告の法定代理人として被告青山みすに対しこの不動産の所有権を移転したこと、その後昭和二十八年四月二十一日新潟地方法務局直江津出張所受付第九参六号を以つて登記原因を売買としてその所有権移転の登記がなされていることは争なきところである。原告はこの所有権の移転を以つてその父久文の負担せる債務の弁済に代えて譲渡されたのだと云い被告青山みすはその登記原因の通り真実売買であると云うので先づ所有権移転の経緯をそれが有効か無効か判断するに必要な限度に於て調べてみるが証人伊藤久文、伊藤美和、青山真治の各証言と被告青山みす本人訊問の結果と成立に争なき甲第十一号、第十二号、乙第六号証並に真正に成立せるものと認め得る乙第七号を綜合すると以下の事実が認められる。即ち久文は昭和二十七年六月頃から被告青山みすとその夫真治から出た金で北海道の海産物を仕入れる商いを始めた。仕入れた海産物の多くは被告青山みす夫妻のもとに送られ被告青山みす夫妻の手で売捌かれた。その商いが万一失敗となれば差当り損害は資金を出した被告青山みす夫妻にかかることになるところから同年八月頃久文は被告青山みす夫妻に対しその要求に従つて失敗の場合の損害補填の担保のため原告の親権者としてこの不動産を被告青山みす夫妻に譲渡して置くことを約し被告青山みす夫妻の手でその目的のため適宜処分することができるように久文夫妻名義の白紙委任状や印鑑証明書など必要と考えた書類を被告青山みす夫妻に渡しておいた。ところが事業は順調にゆかず僅かの間に被告青山みす夫妻に多額の損失をさせてしまい始末をつける見込が立たなくなつてしまつた。そこで十一月中被告青山みす夫妻はあらためて久文に損失弁償の代りにこの不動産の所有権を譲渡することを承諾させた。然し登記手続の都合もあつたので手許に受取つて置いた前記の書類をも使つて表面は被告青山みすに対し代金六十六万六百円で売買したことにしてそのような売渡証書を作つた。そしてその不動産で金策する必要に迫られたので昭和二十八年四月二十一日附でその登記を済ませたと云う概要であり他にこの認定を動かすような証拠はない。以上の通りであつてこの不動産処分の契約は売渡証書に作られてはいるが然しこのことは損失が出たことが明になつて初めて起きたことでなく既にその前から担保のためとは云え所有権の譲渡が約されていたことの結末なのであることだし売買と云うならば一番肝腎な代金の額に就き交渉があつて然るべきなのにそんな事実のあつたことは顕れていないしまた被告青山みす夫妻の蒙つた損失は七十二万円余だと云い売買代金は六十六万円余だと云うのに差額に就て何等話合がなされたような形迹もないのであるから売買代金と損失弁償金とを差引勘定にする趣旨の売買契約であるという風には認められず弁償の代りに所有権の完全譲渡を約したものと認めるを相当と考えられるのである。それとともに前記海産物の商いが久文と被告青山みす夫妻との共同事業であつたのか或は久文単独の事業で被告青山みす夫妻は資金を貸与したに過ぎなかつたのかは兎も角としていずれにせよこの所有権移転は久文が商いに因り被告青山みす夫妻の蒙つた損害を久文自身に於て補填することを認めた結果であることも明なのである。

従つて久文のしたことは未成年者所有の不動産を親権者が自己の債務の弁済に代えて債権者に譲渡したと云うことであつて親権者に利益にして未成年者に不利なことであるからその譲渡は親権者と未成年者と利害が相反する行為であると言わざるを得ない。被告等は久文が鯑買付の事業を始めたのは原告をも含めた久文一家の生計を立てるためであつてその事業の収益により原告も生活し勉学することもできたのだからその事業の資金借受に関して原告所有の財産を親権者が担保に供したり売渡したりする等処分したことは利益相反の行為でないと主張する。たしかに久文の事業計画が原告をも含めた一家の生計のためであつたことは証拠により認め得るところであるけれども事業の主体は父久文であつて原告ではない。原告はもともと未成年の子として親から養護を受け教育をして貰う権利がある訳で原告がいま久文の事業に依つてそのような日常生活の上で利益を受けたとしてもそれは父親が事業をしたことによる言わばひとつの反射的な結果であつて事業そのものが直接原告の利益のためとは言い得ないし事業に関し原告所有の財産を処分するに就ては原告の利益をも考慮しないでもなかつたとしてもその考慮は動機とか縁由になつたと云うまでのことであつてその処分は久文が自己の債務の弁済に代えてなしたものであり行為自体は原告の利益のためとは云い得ないことである。

また被告等は親権の共同行使をした母親美和と原告は利益相反の関係はないと云う。然し民法第八百二十六条は親権を行う父か或は母かそのどちらかとでも子の利益が反する行為に就ては父も母もすべて法定代理権がない趣旨と解すべきであるから母親美和もこの場合この不動産処分に就き法定代理権はない。結局譲渡は無権代理による行為であつて追認したと云うような抗弁は出ていないのであるから原告はその契約により何等法律上の効果を受けない訳である。

次に被告銀行に対する請求を判断する。被告銀行が被告青山みすから原告主張の如き根抵当権の設定登記を受けていることは争なきところである。これに就き被告銀行は被告青山みすの所有権取得の登記そのものは直に無効ではないと云いこれを信じてなしたる根抵当権設定契約は有効であると主張するのであるが事実に於て所有権が被告青山みすに移転しなかつたことは前記説明の通りであるのに登記は権利を創設するものではないのだから登記を信じてなしたがゆえに被告銀行の抵当権取得が原告に対し有効とは倒底言い得ざるところである。

なお被告等は原告自身が譲渡のなされることを当時承諾していたのに今になつてこれが登記の抹消を求めるのは権利の濫用だと云うけれども原告の請求は権利の実体と登記とが符合せぬことから生ずる抹消登記の請求権を行使するものでありその不符合は原告が譲渡行為の取消をしたから生じたのではなく本来譲渡が無効であつたためなのであるから権利の濫用とは言い得ない。被告等のこの点の抗弁は結果に於ては原告が無権代理を追認せぬことを非難する如きもので理由のないことである。

以上の次第であるから原告の請求はこれを認容せざるを得ない仍て主文の通り判決する。

(裁判官 河端清)

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